私はつくづく、遅咲きだと自分で思う様になりました。
そしてそれは、そう悪いものでもない、とも思える様になりました。
上高地にて。
そしてそれは、そう悪いものでもない、とも思える様になりました。
勿論、若い頃から世界を股にかけて活躍する事は、誰でも理想とする所でしょう。
私も、私なりにその類いの野望は抱いていましたし、それを実現する為に必死で行動していた時期がありました。
私も、私なりにその類いの野望は抱いていましたし、それを実現する為に必死で行動していた時期がありました。
上高地、明神池にて。
上高地、明神池にて。
しかし、いつしかその野望は、年月と共に少しずつしぼみ(だから特に失望しなかったのですが)、「こんなものかな」と言う、現状に対する満足と入れ替わって行きました。
いつしか、お客様の前で歌う事からも遠ざかり、後進の指導に残りの人生を費やしても良い様な気持ちになっていたのでした。
そんな時、私にとっての岐路となる出来事がありました。
シェイクスピアの台詞の朗読との出会いです。
まさか一生演じる事などあるまい、と思っていた役柄を、次々に演じる機会を得ました。
そして私は再び、お客様の前で歌い、演じる事への情熱を取り戻しました。
そうして行くうちに、今までの表現活動で経験した事、しかも重ねて来た数多くの失敗が、押し並べて経験値として活かされている事に気が付きました。
そして、歌う事や演じる事が若い頃よりも楽しく、演出にも納得して公演を迎える事が出来る様になっていました。
「この経験値を活かしつつ、更に進化する事は出来ないだろうか?」
これが、私にとっての「遅咲き」の感覚なのです。
私は、その感覚のお陰で、日々のモチベーションを保てているのかもしれません。
人には、長い年月を少しずつ後退りしながら生きている場合があり、その少しずつの変化に気付かずにいる事が少なからずあるんですね。
しかしながら、たとえ何歳になろうとも、気付いて、再び動き始める事は出来ますよね。
これから、どんな事が出来ますか、自分でも楽しみです。