恒例の土曜日RUN。
今日は、午前中から甲府へ向かうため、久しぶりの早朝RUNとなった。
小雨の降る中、そぼ濡れながらの走行は、あまり気持ちの良いものではない。
何故、そんな不快な思いまでして走るのか。
それは、向上心を忘れないためだ。
たとえ自分が、どんな境遇になっても、向上心だけは忘れたくない、と思う。
たとえば、出世街道をひた走っていたのに、とあるきっかけで挫折し、不遇をかこつ身になった時。
あまりにも長い間、それに慣れてしまうと、停滞が当たり前になり、逆に向上する事が怖くなる。
それまでの経験にしがみ付き、手放したくないあまりに、頑なに現状を維持しようとするもの。
かく言うこの私も、かつては向上心を手放してしまった人間である。
「このまま、指導者として、細々とやって行く」。
そんな風に、自分を決め付けていた。
それが、ひょんな事から、再び表現者として人前に立つ事になった。
それからは、心の奥底に埋もれてしまった、向上心を掘り起こす毎日。
50歳を迎えた辺りで、やっと全部掘り出すことはが叶った。
もう、埋もれさせたくない。
そんな思いが、数々のルーティーン・ワークを生んだ。
「何もそこまで」と言う周囲の揶揄に、時に笑顔を向け、時に耳を塞いで、やって来た。
「まだまだこれから」と言う、この年齢ならではの気負いは消えている。
「今を生きる」、私はそれで良い。
だから今日も、思いっ切り生きてやる。
休日なので、混雑しているスーパーあずさのなかで、「何を気負って」と我に帰る。
2017.09.23顔に気楽な笑みは戻っても、気概だけは保ち続ける。
今日は、午前中から甲府へ向かうため、久しぶりの早朝RUNとなった。
小雨の降る中、そぼ濡れながらの走行は、あまり気持ちの良いものではない。
何故、そんな不快な思いまでして走るのか。
それは、向上心を忘れないためだ。
たとえ自分が、どんな境遇になっても、向上心だけは忘れたくない、と思う。
たとえば、出世街道をひた走っていたのに、とあるきっかけで挫折し、不遇をかこつ身になった時。
あまりにも長い間、それに慣れてしまうと、停滞が当たり前になり、逆に向上する事が怖くなる。
それまでの経験にしがみ付き、手放したくないあまりに、頑なに現状を維持しようとするもの。
かく言うこの私も、かつては向上心を手放してしまった人間である。
「このまま、指導者として、細々とやって行く」。
そんな風に、自分を決め付けていた。
それが、ひょんな事から、再び表現者として人前に立つ事になった。
それからは、心の奥底に埋もれてしまった、向上心を掘り起こす毎日。
50歳を迎えた辺りで、やっと全部掘り出すことはが叶った。
もう、埋もれさせたくない。
そんな思いが、数々のルーティーン・ワークを生んだ。
「何もそこまで」と言う周囲の揶揄に、時に笑顔を向け、時に耳を塞いで、やって来た。
「まだまだこれから」と言う、この年齢ならではの気負いは消えている。
「今を生きる」、私はそれで良い。
だから今日も、思いっ切り生きてやる。
休日なので、混雑しているスーパーあずさのなかで、「何を気負って」と我に帰る。
2017.09.23顔に気楽な笑みは戻っても、気概だけは保ち続ける。