恒例の土曜日RUN/2018.01.13

恒例の土曜日RUN。
キーンと冷えて、カラリと晴れた冬の気候にも、身体がだいぶ慣れてくれた様で、あまり苦痛に感じなくなって来た。
とは言っても、巷ではインフルエンザが猛威を振るっているので、安心してはいられない。

味をしめる。
大抵は、良くない事の成功体験への比喩的表現として使われる。
誰もが子供の頃に経験し、大人になっても、ついついやってしまいそうになるのではないだろうか。

かく言う私も、今まで幾度となく「味をしめ」ては、失敗を繰り返して来た。
幸いな事に私が若い頃は、周りに叱ってくれる大人がいてくれたので、その度に事の善悪を学ばせてもらっていた。
今の世の中、中々それも難しい様である。

特に芸術の道へ進んでからは、善悪の判断が曖昧になってしまう様な出来事に沢山出くわした。
けれども、師匠が「一流の芸術家である前に、一流の社会人であれ」と言う理念を持っていたので、その点に関しては、それこそ歌の指導よりも厳しく指導を受けた。
そのお陰で、私は道を踏み外さずに済んだのだ、と今にして思うのだ。

一つ危惧する事がある。
以前は、味をしめて騒ぎを起こすのは大抵子供達で、それを正してくれたのが、二十代の若い人たちだった。
私も子供の頃、それを大学生くらいのお兄さん達に正してもらった覚えがある。

今はどうだろう。
「味をしめ」て、同じ様な騒ぎを引き起こすのは、本来それらを正せるだけの知性や見識を備えていた筈の大学生、或いは若い社会人なのだ。
それを見聞きする度に、「君たち幾つなの?」と問いたくなるのだ。

責任は、彼らだけにあるのではない。
我々大人にも、そんな風に彼らを育ててしまった責任があると思うのだ。
寧ろ、そんな風になるまで、放置して来た責任の方が、よほど重いかもしれない。

そんな若者達や大人達双方を、最近本当に良く見る様になった。

私はこれからも、彼らの間違いを正せる大人でありたく思う。