恒例の土曜日RUN/2018.02.03

恒例の土曜日RUN。
雪解けに鮮やかな緑、道端に何故か苔が散乱している光景を良く見かけたけれども、雪かきの名残だろうか。
まぁ、それでも彼らは、逞しく生きて行くのだろうから、我々人間も見習わなくてはね。

休止していた筋力トレーニングも再開したし、これで生活が全て元に戻った。
但し、レッスンに稽古に、と休みない生活をも再開したわけなので、油断は禁物なのである。
気管支炎が残っていて、それがそのまま咳喘息に、と言う懸念もあるため、まだまだ栄養摂取や睡眠時間等に気を配りたいところでもある。

「シェイクスピア遊び語り」等で、私の演技や台詞を見聞きしてくれた複数のレッスン生から最近、演技指導を求められる事が多くなって驚いている。
勿論、それまでも台詞の発声・発音・滑舌のレッスンは行っていたけれども、演技指導まで、とは想像もしていなかった。
私はこれまでに、イタリアやドイツ等、ヨーロッパ各国で演技を学んだとは言え、日本では演技を学んでおらず、これでは日本の俳優さん達から叱られそうである。

数人を指導してみて驚いたのは、彼らには共通して「プレーン」が欠如している。
最初からトッピングてんこ盛りの状態であるため、これでは一つダメを出されると、二進も三進も行かなくなってしまうケースが殆どだ。
それを防ぐために、プレーンな状態で読ませると、驚いた事に何も出来ないのである。

これは、彼らだけのせいではなく、恐らく彼らを取り巻く環境、所謂小劇場の世界で、最初から変化球を要求される事が多いせいもあるだろう。
自然と彼らは、考える時間を増やさざるを得ず、それが彼らを頭でっかちの表現者にしてしまうのではないか。
それが、彼らの共通項「トッピングてんこ盛り」がデフォルトの世界を作り出したのかもしれない。

けれども、プロの表現者を名乗るのであれば、環境に流されてはいけないのだ。
自分の、感情表現の基幹となるべき「プレーンな表現軸」を常に持っている事が重要。
そしてダメを出されたら、いつでもそこへ戻り、新たな表現軸へと移れる様にしていなければならない。

私も、若い頃は「怪優」などと呼ばれ、一人こっそり悦に入っていたものだけれども、今となっては顔を赤らめるほど恥ずかしい思い出である。

私の経験や知識が、これからどれくらい若い人たちの役に立つか、不安もあるけれども、楽しみでもある。