恒例の火曜日RUN。
今週は殊の外暖かくなるらしく、スタート時もウィンドブレイカーいらずだった。
拙宅の遅咲き梅君、そろそろ出番かと思っていたら、やっと重い腰を上げた様である。
花粉の季節でもあるので、花粉症をお持ちの方には「魔の季節」だろうけれども、私はこの季節が大好きだ。
様々なものが芽吹き、花開いて行く様を、明るい太陽の光の中で見て行く事が出来る。
今は、ちょうどその始まりの時期で、初々しい薫りと共に、鮮やかな色彩が芽生え始めている。
芸者上がりで、日本舞踊の師匠だった亡き祖母も、この季節が大好きだった。
「お稽古を積んだお弟子さん達が、舞台で灯りを一杯に浴びて、華開いて行くのに似ているでしょ」。
この季節の祖母の口癖、子供の頃の思い出として、今でもくっきりと残っている。
私の表現芸術に対する考え方は、多分に祖母の影響を受けている。
「どんなに技を凝らしても、お客様に楽しんでもらえなかったら、屑みたいなものよ」。
お弟子さん達に稽古で良く言っていた言葉、今の私の基本理念でもある。
俄かには信じ難いだろうけれども、私は子供の頃に「藤娘」を踊った事がある。
当時、欲しくて堪らなかった、サンダーバード5号のプラモデルに釣られたのだった。
お陰で夏休み中、友達とも遊ばずに、自宅にあった稽古場で厳しく稽古を付けらる羽目になった。
そして、旧・浅草公会堂で催された、祖母の一門会に、出演とあいなった訳だけれども、その時に言われた言葉も、忘れられないものだった。
「技はお客を喜ばすために使うもの、自分だけ喜んじゃダメなのよ」。
私は、当時6歳だったけれども、子供心にハッとしたのを覚えている。
そしてその基本理念は、今でも教え子やレッスン生達に伝えているし、自らも体現できる様、努めている。
祖母が亡くなって50年余、今の私を、どう見てくれているだろう。
今週は殊の外暖かくなるらしく、スタート時もウィンドブレイカーいらずだった。
拙宅の遅咲き梅君、そろそろ出番かと思っていたら、やっと重い腰を上げた様である。
花粉の季節でもあるので、花粉症をお持ちの方には「魔の季節」だろうけれども、私はこの季節が大好きだ。
様々なものが芽吹き、花開いて行く様を、明るい太陽の光の中で見て行く事が出来る。
今は、ちょうどその始まりの時期で、初々しい薫りと共に、鮮やかな色彩が芽生え始めている。
芸者上がりで、日本舞踊の師匠だった亡き祖母も、この季節が大好きだった。
「お稽古を積んだお弟子さん達が、舞台で灯りを一杯に浴びて、華開いて行くのに似ているでしょ」。
この季節の祖母の口癖、子供の頃の思い出として、今でもくっきりと残っている。
私の表現芸術に対する考え方は、多分に祖母の影響を受けている。
「どんなに技を凝らしても、お客様に楽しんでもらえなかったら、屑みたいなものよ」。
お弟子さん達に稽古で良く言っていた言葉、今の私の基本理念でもある。
俄かには信じ難いだろうけれども、私は子供の頃に「藤娘」を踊った事がある。
当時、欲しくて堪らなかった、サンダーバード5号のプラモデルに釣られたのだった。
お陰で夏休み中、友達とも遊ばずに、自宅にあった稽古場で厳しく稽古を付けらる羽目になった。
そして、旧・浅草公会堂で催された、祖母の一門会に、出演とあいなった訳だけれども、その時に言われた言葉も、忘れられないものだった。
「技はお客を喜ばすために使うもの、自分だけ喜んじゃダメなのよ」。
私は、当時6歳だったけれども、子供心にハッとしたのを覚えている。
そしてその基本理念は、今でも教え子やレッスン生達に伝えているし、自らも体現できる様、努めている。
祖母が亡くなって50年余、今の私を、どう見てくれているだろう。