恒例の土曜日RUN/2018.05.05

恒例の土曜日RUN。
連休中のせいか、道往く車も人も少なく、何処となく長閑な雰囲気の中を、ゆったりと走る事が出来た。
まぁ、こんな事を書くと負け惜しみめいてしまうけれども、連休中に働いている者だけが味わえる雰囲気なのかもしれない。

シェイクスピアの作品、殊に悲劇を読んでいると、否が応でも人間の心の奥底を探る事になる。
それは時として、日常にまで影響を及ぼし、私も自分の感受性が通常よりも鋭くなっている事に気付いた。
気を付けなければならないのは、それを対人関係に持ち込まない様にする事だ。

演劇のセリフと言うものは、カッコ付けていると全くダメで、ある意味、形振り構わない表現が必要な時もあるのだ。
ただ、その様な表現をした後は、現実に戻る作業を確実にやっておかないと、人格そのものが崩壊してしまう。
その作業のやり方は、人によって、酒を飲む者、趣味に嵩じる者、私の様に筋力トレーニングに精出す者、其々だ。

役に支配されるのではなく、役を支配し操るのがプロ、と思う。
舞台の上では他人の人生を生きる訳だけれども、それが憑依するのは舞台上だけで良い。
普段は、季節の移ろいや、日常の様々に一喜一憂する、全く普通の一個人でありたい(見た目を除く)ね。

あまり人に話していないけれども、私はかなりの数の本を読む。
特に読書傾向がある訳ではなく、文学作品から大衆小説、歴史書(裏歴史を含む)、スポーツ理論、生物学、解剖学、果ては雑学本まで、節操なく読む。
それらから得た知識(中には無駄知識も沢山あるけれども)、これが中々、演じる時の引き出しに役立ってくれている。

更に、かなりの本数の映画や海外ドラマを(最近は、専らネットストリーミングになってしまったけれども)観ている。
こちらも、面白そうなものは何でも、文学作品からアクション、戦争もの、ヒューマンドラマ、SF、ミュージカル、果てはドタバタコメディまで、雑多の極み。
けれども、そこには演技のヒントが星の数ほど転がっている。

好みが偏ると、物の見方も偏ると考えている。
これは、表現者にとって、ある方面に特化する助けになると同時に、非常に偏った解釈をしてしまう原因にもなり得るかもしれない。
私も、一度読み始めたり、観始めた作品のジャンルが気に入ると、暫く同じものが続いてしまう傾向があるので、殊更に注意している。

本番まで、もうすぐ一ヶ月前になる。

このまま、視野を出来るだけ広く持ち続けて、お客様に、より良い表現をお目にかけたい。