恒例の火曜日RUN。
曇ってはいるけれども、雨が降る事はなさそうなので、気温対策で身軽に出発。
つい最近まで咲いていた花が、すっかり枯れて、もう種蒔きの準備をしているけれども、通常よりも一週間くらい早いかな。
私は若い頃に、雑学本のゴーストライターをしていたので、様々な雑学の知識が副産物としてある。
それが、役を演じる時に大いに役に立ってくれているけれども、それでも足りないので、更に大量の資料を当たり、必要であれば本を読む。
そうして、また種々雑多な知識が積み重なってしまう訳だけれども、今回のオセローでも、随分とその作業をした。
「オペラ歌手は感覚で芝居をしすぎる」
ずっと以前に、共演者である俳優にそう言われてから、私は関係資料を読み漁り、それらで得た知識を役作りに投影する様になった。
最初は、ただの頭でっかちな理論武装に過ぎなかったけれども、経験を積むうちに、役作りがとても楽しく、且つ知識欲をも満たしてくれるものになった。
面白いもので、知識は得れば得る程、そしてそれを役作りに投影すればする程、感覚も研ぎ澄まされて行くのだ。
生半可な知識や、それによる浅はかな理論武装は、自分で自分の首を締める事しかしない。
けれども、その役柄に関して、十分な知識量を持てたならば、誰に説明する事なく、自分の演技を納得して頂ける様になると感じている。
哀しいかな、日本の俳優の中には(老若男女問わず)、私の様なオペラ歌手が、俳優として演劇の舞台に立つ事を、嫌がる人達がいる。
以前は、そんな人達に負けたくない、と必死に喰らい付いて、人一倍頑張ってしまい、声を失ったりもした。
今は、「人の事は良い、自分の事に集中」と言う感覚が備わっている。
もっと教養が豊かになり、例えば英国の演劇事情などに興味を持たれる様になれば、シェイクスピア劇にオペラ歌手が俳優として、何の分け隔てもなく舞台に立っている事を知るだろう。
逆もまた真なりで、俳優がイングリッシュ・ナショナルオペラで主演を務めたりしている(本格的に歌える俳優が多い)のだ。
何でもかんでも英国ならば良いとは思わないけれども、せめて輸入元の国の演劇情勢くらいは知っておいて損はない、と思う。
帰宅すると、河合祥一郎さんから、9月に出演する「お気に召すまま」の仮チラシが届いていた。
この公演で演じるのは「歌手」の役、これならどなたも文句はあるまい(笑)。
曇ってはいるけれども、雨が降る事はなさそうなので、気温対策で身軽に出発。
つい最近まで咲いていた花が、すっかり枯れて、もう種蒔きの準備をしているけれども、通常よりも一週間くらい早いかな。
私は若い頃に、雑学本のゴーストライターをしていたので、様々な雑学の知識が副産物としてある。
それが、役を演じる時に大いに役に立ってくれているけれども、それでも足りないので、更に大量の資料を当たり、必要であれば本を読む。
そうして、また種々雑多な知識が積み重なってしまう訳だけれども、今回のオセローでも、随分とその作業をした。
「オペラ歌手は感覚で芝居をしすぎる」
ずっと以前に、共演者である俳優にそう言われてから、私は関係資料を読み漁り、それらで得た知識を役作りに投影する様になった。
最初は、ただの頭でっかちな理論武装に過ぎなかったけれども、経験を積むうちに、役作りがとても楽しく、且つ知識欲をも満たしてくれるものになった。
面白いもので、知識は得れば得る程、そしてそれを役作りに投影すればする程、感覚も研ぎ澄まされて行くのだ。
生半可な知識や、それによる浅はかな理論武装は、自分で自分の首を締める事しかしない。
けれども、その役柄に関して、十分な知識量を持てたならば、誰に説明する事なく、自分の演技を納得して頂ける様になると感じている。
哀しいかな、日本の俳優の中には(老若男女問わず)、私の様なオペラ歌手が、俳優として演劇の舞台に立つ事を、嫌がる人達がいる。
以前は、そんな人達に負けたくない、と必死に喰らい付いて、人一倍頑張ってしまい、声を失ったりもした。
今は、「人の事は良い、自分の事に集中」と言う感覚が備わっている。
もっと教養が豊かになり、例えば英国の演劇事情などに興味を持たれる様になれば、シェイクスピア劇にオペラ歌手が俳優として、何の分け隔てもなく舞台に立っている事を知るだろう。
逆もまた真なりで、俳優がイングリッシュ・ナショナルオペラで主演を務めたりしている(本格的に歌える俳優が多い)のだ。
何でもかんでも英国ならば良いとは思わないけれども、せめて輸入元の国の演劇情勢くらいは知っておいて損はない、と思う。
帰宅すると、河合祥一郎さんから、9月に出演する「お気に召すまま」の仮チラシが届いていた。
この公演で演じるのは「歌手」の役、これならどなたも文句はあるまい(笑)。