恒例の火曜日RUN/2018.07.10

恒例の火曜日RUN。
いささか暑さに参っていた身体も、すっかり覚悟が出来た模様、「どうせ暑いんでしょ」とばかりに活発に動き出してくれる。
スタート時で既に30℃を越えており、早々と熱中症警報も出たので、水分をいつもより注意深く補給しながらの走行。

最近のボイストレーニングのレッスンは、さながら若い俳優諸君のお悩み相談室の様だ。
別にそれが嫌な訳ではないけれども、表現で悩んでいる俳優諸君が、こんなにも数多くいる事に、今更ながら驚かされる。
そして、原因を探ると、その全てが身体のスペック不足が引き起こしている。

少なくとも、私を頼ってくれている俳優諸君は、皆一様に演劇が好きで、作品にも真摯に取り組んでいる人達だ。
台本を良く読み込み、役柄を深く掘り下げ、全体を通しての役柄の人生を緻密に設計している。
ただ、残念なのは、彼らの作業が、そこで止まってしまっている事なのだ。

そう、彼らは見事に「読解」しかしていないのである。
以前にも書いたけれども、せっかく素晴らしい読解をしても、それを身体の筋肉に反映させない限り、それらが表現として表に出て来ない。
恐らくは日本の演劇に於いも、その身体に落とし込む工程がメソッドとしてあまり存在せず、延々と稽古し続けて滲み出て来るのを待つ方向に行ってしまっているケースが多いのではないだろうか。

建築に例えれば、彼らは見事な設計図を描く。
けれども、そこから先つまり実際の建築には、匠の技が必要。
実際に材料を加工し組み上げて行くと言う、長年訓練した身体を駆使した技が必要なのだ。

もう一つ困った事は、人間は思考し過ぎると、「当たり前のものも当たり前に捉えられなくなる」と言う事。
俗に言う「考え過ぎ」がデフォルトとなり、何と言う事はない台詞にも重大な意味が隠されている、と思い込んでしまう様になる。
従って、例えば単に腹が減った事を表現すれば良いのに、「ただそれだけではない筈」と思い込んでしまい、そんな何でもない箇所で無駄な時間を延々と費やす様になってしまう。

この様な人達に、私は「読解マッチョになるなよ」と警告している。
そして、得てしてその名とは裏腹に、その人達の身体はと言えば、当初はかなり貧弱である。
どうせなら、読解と同じくらいに、身体もマッチョになったらどうだろう?(笑)。

筋肉の動きは、頭の中で作り出した読解のバラバラな部分を一つにまとめて送り出す作用もある。
それがないと、演者は観客に向かって、たくさんのボールを一度に投げつける事になる。
ご存知の通り、人は一度にたくさんのボールを投げられると、どれ一つキャッチ出来ないものだ。

これからも、自分のスペックを上げて行くと同時に、一人でも多くの若い俳優のスペックを上げて行きたく思う。
そうした人たちが将来、それを自分の後進に伝えて行ってくれれば、もっと裾野が広がるだろう。
演劇も多様化して来ているので、俳優の在り方も、従来を打ち破って良い筈だ。

この文章を書いている時、遂に37℃を記録。

どうやら情熱の分だけ、気温も上昇する様だ(笑)。