恒例の火曜日RUN。
画像は、走り終えて帰宅した時のものだけれども、この時点で30℃、日中が思いやられる状況だ。
昨日など、国分寺市でも39℃を記録し、いよいよ本土は熱帯になった様な心地だった。
Facebookのトリビア自己紹介に「過去の自分にアドバイスできるとしたら、どんなアドバイスをする?」と言うのがあったので、「今、君が不遇なのは、実力がないからだ」と答えた。
本当にそうすると思うし、もし当時誰かがそう言ってくれたら、今また別の人生があったかと思う。
決して、今の人生に不満がある訳ではなく、どんな人生になったかを想像するのが面白い。
一つのジャンルで中々認められないと、突破口を求めて色々なジャンルに手を出す事がある。
私など、その典型で、クラシックで中々思う様に認めてもらえなかったから、ミュージカルや演劇、更にはソウル・ミュージックの世界にまで足を踏み入れた。
今、その原因を考えると、クラシックに於ける自分の実力の足りなさを自覚していなかったか、若しくは自覚するのが怖かったのだと思う。
もしも認めてしまったならば、たちまちにモチベーションは雲散霧消し、折角続けて来た事をやめなければならない様な、そんな強迫観念にも、かられていたかもしれない。
ただ、今にして思えば、多分に自信過剰な部分があった事は否めない。
「自分は特別なのだ」、元々誇大妄想気味だった私は、そう思う事で、元来平凡である自分を奮い立たせて来たのだろう。
この年齢になって分かった事は、道は一つではない、と言う事。
勿論、自分次第だけれども、自分の実力のなさを誤魔化しながら活動を続けるより、しっかり認めて、それでも活動を続ける方が、本来自分がやりたかった事が出来る。
私は、奇しくもソウル・ミュージックの世界に踏み込んで、あまりにも凄い人たちに出会って、やっと自分の実力のなさを認める事が出来た、誠に幸運な男である。
ただ、認めていなかった時代の事も教訓として、指導者としての自分に活かせている。
そう言う意味では、人生に無駄はない、と言う事なのだろう。
ある意味、遅咲きだけれども、またそれも楽しなのである。
若い頃から被っていた仮面の殆どは、既に剥いでしまった。
これからどこまで剥げるか、更に楽しみは続く。
画像は、走り終えて帰宅した時のものだけれども、この時点で30℃、日中が思いやられる状況だ。
昨日など、国分寺市でも39℃を記録し、いよいよ本土は熱帯になった様な心地だった。
Facebookのトリビア自己紹介に「過去の自分にアドバイスできるとしたら、どんなアドバイスをする?」と言うのがあったので、「今、君が不遇なのは、実力がないからだ」と答えた。
本当にそうすると思うし、もし当時誰かがそう言ってくれたら、今また別の人生があったかと思う。
決して、今の人生に不満がある訳ではなく、どんな人生になったかを想像するのが面白い。
一つのジャンルで中々認められないと、突破口を求めて色々なジャンルに手を出す事がある。
私など、その典型で、クラシックで中々思う様に認めてもらえなかったから、ミュージカルや演劇、更にはソウル・ミュージックの世界にまで足を踏み入れた。
今、その原因を考えると、クラシックに於ける自分の実力の足りなさを自覚していなかったか、若しくは自覚するのが怖かったのだと思う。
もしも認めてしまったならば、たちまちにモチベーションは雲散霧消し、折角続けて来た事をやめなければならない様な、そんな強迫観念にも、かられていたかもしれない。
ただ、今にして思えば、多分に自信過剰な部分があった事は否めない。
「自分は特別なのだ」、元々誇大妄想気味だった私は、そう思う事で、元来平凡である自分を奮い立たせて来たのだろう。
この年齢になって分かった事は、道は一つではない、と言う事。
勿論、自分次第だけれども、自分の実力のなさを誤魔化しながら活動を続けるより、しっかり認めて、それでも活動を続ける方が、本来自分がやりたかった事が出来る。
私は、奇しくもソウル・ミュージックの世界に踏み込んで、あまりにも凄い人たちに出会って、やっと自分の実力のなさを認める事が出来た、誠に幸運な男である。
ただ、認めていなかった時代の事も教訓として、指導者としての自分に活かせている。
そう言う意味では、人生に無駄はない、と言う事なのだろう。
ある意味、遅咲きだけれども、またそれも楽しなのである。
若い頃から被っていた仮面の殆どは、既に剥いでしまった。
これからどこまで剥げるか、更に楽しみは続く。
