恒例の土曜日RUN。
カラッと晴れたけれども、もうすっかり冬の空である。
身体も気分も慌ただしく、気が付けば師走を迎えている。
走りながら、先日伺った、山﨑薫さんのソロ公演「はまべのうた」の事を思い出していた。
「お気に召すまま」で共演させて頂いた山﨑薫さんは、私が若かりし頃の仕事仲間の娘さんである。
彼女は、優れた俳優さんであると同時に、優れた歌い手さんでもある。
今回のソロ公演は、その薫さんの余りある才能を、存分に活かした構成になっていた。
題材は、岸田國士の「虹色の幻想」、これは浦島太郎の話である。
浦島太郎は、人形劇団ココンが製作した操り人形(薫さん自身が…時折スタッフさん←もしかして演出家?が操作)で演じる。
会場のWAKBACHO WHARFは、四方を白い壁に囲まれた、客席数44名の小空間。
天井が高いので、客席の傾斜も丁度良く、快適に観ていられる。
その中で、薫さんと、ギターやマンドリン等撥弦楽器の金井隆之さん(何と、国立音楽大学の…かなり後輩!)がアクースティックに表現して行き、要所要所で菊池絵里子さんの挿画がスライドで映し出され、空間をより鮮明なものにして行く。
まず感嘆してしまったのは、薫さんの歌の表現力である。
ご両親ともに有名な声楽家であられるので、その血を引いておられるのは明らかだけれども、それ以上に努力も相当なさっているであろう。
彼女の声をガラスに例えるなら、時には細密なビードロ細工、時には骨太な薩摩切子、曲調によってそれらが自由自在なグラデーションで姿を現す。
台詞も、一人で全部の役を演じ分け、全く違和感を感じさせなかった。
表面上は全く声を変えていない様に聞こえるかもしれないけれども、私の耳には、役ごとに明らかに違う倍音構成になって届いており、これには大変感嘆させられた。
役の演じ分けを敢えて曖昧にする事で、一人で演じている空間が際立って浮かび上がって来るのだな。
一時間強あっという間の上演時間、それ以上でもなくそれ以下でもない、と言う感じで心地良い。
お母様である声楽家原田泉さんに再びお目にかかり、ご丁寧な挨拶を頂き恐縮であった。
更に客席で「お気に召すまま」で共演した仲間にも再会出来、嬉しさも倍増であった。
こう言う表現活動は、私の様な者にも、大変良い刺激になる。
本当に良いものを頂いて、楽しさを反芻しながら帰路に着いた。
カラッと晴れたけれども、もうすっかり冬の空である。
身体も気分も慌ただしく、気が付けば師走を迎えている。
走りながら、先日伺った、山﨑薫さんのソロ公演「はまべのうた」の事を思い出していた。
「お気に召すまま」で共演させて頂いた山﨑薫さんは、私が若かりし頃の仕事仲間の娘さんである。
彼女は、優れた俳優さんであると同時に、優れた歌い手さんでもある。
今回のソロ公演は、その薫さんの余りある才能を、存分に活かした構成になっていた。
題材は、岸田國士の「虹色の幻想」、これは浦島太郎の話である。
浦島太郎は、人形劇団ココンが製作した操り人形(薫さん自身が…時折スタッフさん←もしかして演出家?が操作)で演じる。
会場のWAKBACHO WHARFは、四方を白い壁に囲まれた、客席数44名の小空間。
天井が高いので、客席の傾斜も丁度良く、快適に観ていられる。
その中で、薫さんと、ギターやマンドリン等撥弦楽器の金井隆之さん(何と、国立音楽大学の…かなり後輩!)がアクースティックに表現して行き、要所要所で菊池絵里子さんの挿画がスライドで映し出され、空間をより鮮明なものにして行く。
まず感嘆してしまったのは、薫さんの歌の表現力である。
ご両親ともに有名な声楽家であられるので、その血を引いておられるのは明らかだけれども、それ以上に努力も相当なさっているであろう。
彼女の声をガラスに例えるなら、時には細密なビードロ細工、時には骨太な薩摩切子、曲調によってそれらが自由自在なグラデーションで姿を現す。
台詞も、一人で全部の役を演じ分け、全く違和感を感じさせなかった。
表面上は全く声を変えていない様に聞こえるかもしれないけれども、私の耳には、役ごとに明らかに違う倍音構成になって届いており、これには大変感嘆させられた。
役の演じ分けを敢えて曖昧にする事で、一人で演じている空間が際立って浮かび上がって来るのだな。
一時間強あっという間の上演時間、それ以上でもなくそれ以下でもない、と言う感じで心地良い。
お母様である声楽家原田泉さんに再びお目にかかり、ご丁寧な挨拶を頂き恐縮であった。
更に客席で「お気に召すまま」で共演した仲間にも再会出来、嬉しさも倍増であった。
こう言う表現活動は、私の様な者にも、大変良い刺激になる。
本当に良いものを頂いて、楽しさを反芻しながら帰路に着いた。