恒例の土曜日RUN。
奇しくも58歳ラスト・ランになった。
次回、RUNの時には、もう59歳なのか、と思うと、ちょっと不思議な気持ちになる。
悲しい事ではあるけれども、前向きに生きていたり、上り調子であったりすると、時々嫌な目に遭う様だ。
先日、大切な友人と食事をしながら話していて、丁度双方共に、全く似た様な経験をした事で、更に強くそれを感じた。
ただ、逆に考えれば、それらの経験は自分が前向きであり、上り調子である証明になる訳なので、完全に心がスッキリした。
たとえそれが友人であっても、他人の成功を喜ぶ事は、中々難しい場合もあるだろう。
私にも経験がある事だけれども、自分が苦境に立っている時などは、尚更である。
けれども、そこで嫉妬の波に身を任せてしまったら、もう再び岸に泳ぎつく事は難しいだろう。
そして、どんどん矮小化している自分を誤魔化すために、派手な示威行動を取る様になるのである。
私も、かつてはそう言う行為に走りかけた事があり、深みに嵌って行く時の感覚は、今でも鮮明に覚えている。
けれども、結果は益々惨めになって行くだけ…、そしてそれに気付いた時には、もうかなり手遅れの状態である事が多い。
気が付いたら、写真の様に、凍て付く寒さの中で、芽が出るのを永遠に待つ事になるかもしれない。
見かけは満ち足りていても、心の中には、こんな風景が広がっているのかもしれないのだ。
そう思うと、今考えても身震いする程、恐ろしい心地になる。
それが分かっているからこそ、相手を哀れに思ってしまう。
立場によりけりだけれども、自分を大きく見せなければならない人もいるからね。
友人とその事を話しながら、逆に或る意味それらを振り切る事が出来た自分たちを幸福に思った。
友人と話せたおかげで、また自分を建て直す事が出来た様に思う。
多忙なところをお付き合い頂いた友人に、心から感謝申し上げたい。
奇しくも58歳ラスト・ランになった。
次回、RUNの時には、もう59歳なのか、と思うと、ちょっと不思議な気持ちになる。
悲しい事ではあるけれども、前向きに生きていたり、上り調子であったりすると、時々嫌な目に遭う様だ。
先日、大切な友人と食事をしながら話していて、丁度双方共に、全く似た様な経験をした事で、更に強くそれを感じた。
ただ、逆に考えれば、それらの経験は自分が前向きであり、上り調子である証明になる訳なので、完全に心がスッキリした。
たとえそれが友人であっても、他人の成功を喜ぶ事は、中々難しい場合もあるだろう。
私にも経験がある事だけれども、自分が苦境に立っている時などは、尚更である。
けれども、そこで嫉妬の波に身を任せてしまったら、もう再び岸に泳ぎつく事は難しいだろう。
そして、どんどん矮小化している自分を誤魔化すために、派手な示威行動を取る様になるのである。
私も、かつてはそう言う行為に走りかけた事があり、深みに嵌って行く時の感覚は、今でも鮮明に覚えている。
けれども、結果は益々惨めになって行くだけ…、そしてそれに気付いた時には、もうかなり手遅れの状態である事が多い。
気が付いたら、写真の様に、凍て付く寒さの中で、芽が出るのを永遠に待つ事になるかもしれない。
見かけは満ち足りていても、心の中には、こんな風景が広がっているのかもしれないのだ。
そう思うと、今考えても身震いする程、恐ろしい心地になる。
それが分かっているからこそ、相手を哀れに思ってしまう。
立場によりけりだけれども、自分を大きく見せなければならない人もいるからね。
友人とその事を話しながら、逆に或る意味それらを振り切る事が出来た自分たちを幸福に思った。
友人と話せたおかげで、また自分を建て直す事が出来た様に思う。
多忙なところをお付き合い頂いた友人に、心から感謝申し上げたい。