恒例の土曜日RUN/2019.01.19

恒例の土曜日RUN。
夜との寒暖差は激しいけれども、日差しを浴びると暖かい。
庭の梅の木も、一足早く芽吹き始めた。

音楽大学に入ってからだけれども、良く人から「変わってるね」と言われる様になった。
最初は、それがとても嫌で、「僕のどこが変わっているのか?」と詰問したりしたものだったけれども、ある時期から全く気にしなくなった。
それは、今から考えると、プライヴェートで師事していた先生の教えに依るところが大きいのではないか、と思える。

先生の教えは「他人や世間を気にせず、実力を発揮出来るのが本当のプロ」と言うもの。
そう、私はいつの間にやら、他人や世間を気にするあまり、その人たちに自分を分かってもらおうと足掻いて、いたずらに時間を無駄にしていたのだ。
先生に教えを頂いてから、その事に気付き、言われても意に介さず、フフンと鼻で笑って返す様になった。

ただ揶揄するための人たちは、それ以上は近付いては来ず、また却って興味を持ってくれた人たちもいた。
更には、「お前も同類だな、俺と」と言ってくれる人たちまで出て来た。
良きにつけ悪しきにつけ、それから私の人間関係は激変し、お陰で私は、大学生活をのびのびと送る事が出来た。

今でも同じく、同様の事を言ってくる人たちには、鼻で笑って返したり、特に優位に立とうとしている人には「変わってない、あんたより自由に生きているだけだ」と言い放つ。
それで怒らせたり、嫌われたりしても、一向に構わない、と言う覚悟がある。
不思議な事に、その覚悟があると大抵は、寄って来てほしい人たちだけが集まって来てくれる様になっていた。

そうなって気が付いた事は、人には他人を「変わってるね」と評する自由があり、それは何人たりとも禁じる権利はない、と言う事。
だから私の場合、「そんなこと言わないでほしい」と訴えて一生を送るのは間違いだと思うに至った。
やはり、強さを身に付けなければ、抱えている闇は拡がっていくばかりなのだ、と心を決めたのだ。

見せかけのステイタス・バランスなどに惑わされず、自分は自分の人生をしっかり生きる、それで良いと思っている。

しっかり生きるために、まず身体から強くする、そんな単純思考でも、物事はハッキリと変わるのである。