恒例の土曜日RUN/2019.02.23

恒例の土曜日RUN。
どうやら一足早く梅の季節になりそうな気配で、まだ咲き支度の整っていないものは、大急ぎで準備をしている事だろう。
例年だと、早く梅が咲いた年は、三月に突然大雪が降ったりするので、ちょっと心配になって来る。

とあるレッスン生が、トレーニングの間にふと「最近Facebookで、他の人たちが羨ましく見えて仕方がないんです」と言った。
みんな豪華な食事をしたり、遊びに行ったり…、それに比べて自分はレッスンをしているか演劇の稽古をしているかである。
それを考えると、自分の人生は何と質素で地味である事か、と言う。

私は、ちょっと笑ってしまったけれども、こう答えた。
「恐らく他の人も自分の人生をそう思っているかもしれないよ」。
一般の人にしてみれば、特殊な訓練を受け、舞台の稽古に勤しみ、非日常の世界に生きる我々を、羨ましいと思うかもしれないし、実際にそう言われた事もある。

レッスン生は「へぇぇぇ!そんな事もあるんですかねぇ!?」と、驚きつつも、途端に顔が明るくなった。
古くから「隣の芝生は青く見える」と言うけれども、本当にその通りだと思うし、私も若い頃に似た様な経験を何度となくしている。
そんな時は、自分を保つ訓練だと思って「自分を羨ましいと思ってくれている人も、きっといる。だからお互い様なのさ」と考える様になった。

それが実際のものとなったのは、かなり後になってからだった。
ある日、街中で見覚えのある顔とばったり、何と中学時代の同級生であった。
色々と立ち話をしているうちに、彼が今や、名前を聞いたらビックリする様な大企業の重役になっている事が分かった。

私は、その場で多少気後れしてしまったけれども、自分の活動の事を話した。
彼は目をまん丸くして驚いていたけれども、時間が合えば公演を観に行きたいと言ってくれた。
そして、本当にリサイタルを観に来てくれたのだった。

終演後、彼は取引先との会合があったらしく、ちょっと挨拶をしただけだったけれども、後日丁寧なメールをくれた。
その末尾に「いやぁ、ステージで輝いている君を観ていて、とても羨ましかったよ。会社人間の私には、とてもあんなパフォーマンスは無理だしね」とあった。
私は驚きながらも、彼の感想がとても嬉しく「お互い活躍する舞台は違うけれども、頑張ろうぜ」と結んだ。

ある意味、他人同士がお互いの世界を褒め合い、認め合う事で、ちょうど社会のバランスが取れているのかもしれない。
そう思うと、自分の人生も意義のある人生であると、更に強く思える様な気がするのだ。
だからそのレッスン生にも、いずれは舞台を観に来てくれた人たちに「羨ましい」と言われる時が来るかもしれない。

「人と比べて、劣っている人生なんてないのさ」そう言うと、レッスン生も胸を張って頷いてくれた。

それを思い出し、ちょっと笑顔になって「もう少しだけ走るか」と、帰路から脇道へと向きを変えた。