恒例の土曜日RUN/2019.03.30

恒例の土曜日RUN。
暖かくなったと思ったら、またストンと寒くなる、その繰り返しである。
先日訪れた隅田川でも、桜が戸惑った様に咲いており、桜橋でもユリカモメくん達が、些か寒そうに遊んでいた。

人間にとって知識を蓄える事は、人生を豊かにするし、何より次への探究心が湧くエネルギーの根源である。
けれども人間という動物は困った事に、知識を蓄えると、それを誰かに披露したくて仕方がなくなってしまう。
その欲求に従ってしまうと、その場が本来の目的から外れたものになってしまったり、自己満足と捉えられて顰蹙を買い、随分とステイタスを下げてしまったりするものだ。

最近私は、知識を得たり見聞を広げたら、それを何に活かすかを考えようと思う様になった。
また、得た知識はあくまでも得た当時のもの、常に新しい情報にアンテナを張り、必要があれば知識をバージョンアップさせようとも思う。
人間、なまじ知識を得てしまうと、新しい事象に対して「私が〇〇に行った時は〜〜だった」式の受け答えをついついしがちなので、気をつけなければ。

かなり以前、イタリアからの帰朝報告を、当時師事していた先生の門下会にて行った時の事を思い出す。
その時は、現役学生をはじめ、既に国内で活躍していた先輩方や同期生達が、かなり沢山出席していた。
出席した先輩方にもイタリア帰りの方々が多くいらして、私が何か向こうの様子を報告する度に、一々口を挟まれて閉口した。

「そうそう私が行った時はね〜」と延々ご自分の思い出を語り始めて止まらない方。
「いや、そんな筈はない、私が行った時には〇〇だった」と人が観て来た事実を真っ向から否定なさる方。
「そんなのは、イタリアだけではなく、ヨーロッパはどこでも同じだ」と、私のもたらした情報などゴミだ、と言わんばかりの方。

私は、そんなこんなで報告を中々進められず、半ばヤケクソになりかけて、途中で報告を終わらせようとした。
「これで終わります」と言いかけた時に、師匠の一喝が跳んだ。
「君たち、黙りなさい!彼が一番新しい帰朝者なのだから、彼の持ち帰った情報が一番新しいのだ。古い情報にしがみついていないで、頭脳(師匠は本当に良くこの単語を使った)を新しくしなさい!」

得意げに或いは居丈高に茶々を入れていた先輩方は、皆一様にシュンとなってしまった。
それからは、誰にも口を挟まれる事はなく、無事帰朝報告を済ませる事が出来、後輩達はとても喜んでくれた。
先輩方の一人から「お前の報告には、客観性がない」とダメ出しを食らったけれども、もう特に気にしなかった。

今は、それらの知識や見聞を、レッスンに反映させている。
求められれば、その当時の様子を話して聞かせる事もあるけれども、主に技術面においての反映が一番多い。
発声法の知識を解剖学やスポーツ医学等の知識と結び付けるのは、これからのパフォーマーにとって、とても役に立つ作業である。

まだまだ寒い日はありそうだけれども、レッスンを受けてくださる方々のスキルが、少しでも明るい未来に進めます様。

私も、まだまだバージョンアップして行くつもりである。