恒例の火曜日RUN…今日はお休み。
スタートしようと家を出たら、写真のごとく大荒れ。
無理を美徳としない様にしているので、あっさり切り替えて室内トレーニングに。
最近、クラシックのレッスン生方を教えていて思うのは、私の時代と比べて随分と発声に関する研究をしている、と言う事だ。
私の時代は、YouTube等のメディアが未発達だったせいもあるけれども、とにかく師匠の言う事を盲信する傾向にあった。
ただ、今にして振り返れば、具体的なサジェストに乏しく、随分と観念的なものだった様に思う。
国内で本場の演奏に触れたいと思えば、レコードやFM放送を聴くか、たまに来日する海外の歌劇場引越し公演しかなかった。
それが今や、往年の名歌手の演唱を、映像付きで観る事が可能になっているのだから、こんなに恵まれた環境はないだろう。
私なぞ、それらを観ながら、ついつい演唱中の喉元の筋肉の動きや、表情筋の動き、顔の角度、呼吸筋の動き等を分析する癖がついてしまった。
そして、自分の発声属性を、少しでも往年の名歌手のそれと近付けたい、と努力している。
違う人間であるので、完全に同じになる事はあり得ない事ではあるけれども、流通経路を似せる事で、倍音構造等同じ属性を持たせることは可能なのである。
以前は、真似から入る事は禁忌とされていたけれども、考えてみれば再現芸術である以上、寧ろ逆に必要なのではないか、と思える。
メディアの発達や人体に関する科学の進歩に伴って、発声メソッドの進歩も必要なのではないか、と考える。
特に日本では、停滞しているメソッドが多過ぎる気がしている。
スタートしようと家を出たら、写真のごとく大荒れ。
無理を美徳としない様にしているので、あっさり切り替えて室内トレーニングに。
最近、クラシックのレッスン生方を教えていて思うのは、私の時代と比べて随分と発声に関する研究をしている、と言う事だ。
私の時代は、YouTube等のメディアが未発達だったせいもあるけれども、とにかく師匠の言う事を盲信する傾向にあった。
ただ、今にして振り返れば、具体的なサジェストに乏しく、随分と観念的なものだった様に思う。
国内で本場の演奏に触れたいと思えば、レコードやFM放送を聴くか、たまに来日する海外の歌劇場引越し公演しかなかった。
それが今や、往年の名歌手の演唱を、映像付きで観る事が可能になっているのだから、こんなに恵まれた環境はないだろう。
私なぞ、それらを観ながら、ついつい演唱中の喉元の筋肉の動きや、表情筋の動き、顔の角度、呼吸筋の動き等を分析する癖がついてしまった。
そして、自分の発声属性を、少しでも往年の名歌手のそれと近付けたい、と努力している。
違う人間であるので、完全に同じになる事はあり得ない事ではあるけれども、流通経路を似せる事で、倍音構造等同じ属性を持たせることは可能なのである。
以前は、真似から入る事は禁忌とされていたけれども、考えてみれば再現芸術である以上、寧ろ逆に必要なのではないか、と思える。
メディアの発達や人体に関する科学の進歩に伴って、発声メソッドの進歩も必要なのではないか、と考える。
特に日本では、停滞しているメソッドが多過ぎる気がしている。
