恒例の土曜日RUN。
なんだこの暑さは…、まだ五月なのに30℃を越えるらしい…。
すっかり真夏の支度をしてスタートした。
こう暑いと、少々早いけれども、冷や素麺がどうしようもなく食べたくなる。
早速、帰り道に「揖●乃糸(固有商品名なので自主規制)」を買い求め、夕食に食べる事にした。
レッスンが終わる頃には涼しくなって、たべるのに丁度良い気温になっているだろう。
冷や素麺と言えば、思い出すのが亡き父が良くやっていた、雨樋流し素麺である。
小学生の頃、家の雨樋が壊れたのを、父の友人の工務店が直してくれて、余った雨樋の資材を父が貰い受けた事に始まる。
父は目を輝かせ、母に素麺を買って来る様に言い、自分は風呂場で雨樋の資材を丹念に洗い始めた。
私は、一体何が始まるのか、と目をまん丸くしながら、口笛を吹きながら(父は上機嫌だと必ず口笛を吹いた)雨樋をたわしでゴシゴシ洗う様を見ていた。
そのうちに母が帰って来て、早速買って来た素麺を茹でる支度をし始めた。
父は雨樋の洗い上がりを確かめて自信たっぷりに頷くと、母に合図をし、母は素麺を茹で始めた。
「さぁ、始めよう!」と父の掛け声。
軒先にある水まき用の水道の蛇口の側にブロックを積んで、そこに置いた雨樋に傾斜をつけて、水が流れる様にする。
雨樋の終点には、何故か笊が設えられていた。
「出来たわよ」との母の声で、私はつゆの入ったお椀と箸を持って、終点のところにスタンバイ。
何とは無しに想像はついてはいたものの、それも半信半疑で、ワクワクしながら父の方を見遣った。
父は、「流すぞ〜」と蛇口をひねって水を流し始め、そこへ母が茹で上がった素麺を投入し始めた。
わーいわーい、素麺が流れてくるぞ!とばかりに、私は流れて来る素麺を次から次へと、逃さず食べた。
お腹が一杯になった頃、母が「じゃあ交替!」と声をかけ、私が素麺の投入役に回る。
そうして、順番に交代しながら、家族の夕食を楽しく終えたのだった。
あんな風に、創意工夫で楽しく過ごしていた時代もあったのだなぁ、と懐かしく思い出す。
帰宅してから、一人用の流し素麺マシンをAmaz●n(自主規制)で買いそうになり、いかんいかんと踏み止まりましたとさ。
なんだこの暑さは…、まだ五月なのに30℃を越えるらしい…。
すっかり真夏の支度をしてスタートした。
こう暑いと、少々早いけれども、冷や素麺がどうしようもなく食べたくなる。
早速、帰り道に「揖●乃糸(固有商品名なので自主規制)」を買い求め、夕食に食べる事にした。
レッスンが終わる頃には涼しくなって、たべるのに丁度良い気温になっているだろう。
冷や素麺と言えば、思い出すのが亡き父が良くやっていた、雨樋流し素麺である。
小学生の頃、家の雨樋が壊れたのを、父の友人の工務店が直してくれて、余った雨樋の資材を父が貰い受けた事に始まる。
父は目を輝かせ、母に素麺を買って来る様に言い、自分は風呂場で雨樋の資材を丹念に洗い始めた。
私は、一体何が始まるのか、と目をまん丸くしながら、口笛を吹きながら(父は上機嫌だと必ず口笛を吹いた)雨樋をたわしでゴシゴシ洗う様を見ていた。
そのうちに母が帰って来て、早速買って来た素麺を茹でる支度をし始めた。
父は雨樋の洗い上がりを確かめて自信たっぷりに頷くと、母に合図をし、母は素麺を茹で始めた。
「さぁ、始めよう!」と父の掛け声。
軒先にある水まき用の水道の蛇口の側にブロックを積んで、そこに置いた雨樋に傾斜をつけて、水が流れる様にする。
雨樋の終点には、何故か笊が設えられていた。
「出来たわよ」との母の声で、私はつゆの入ったお椀と箸を持って、終点のところにスタンバイ。
何とは無しに想像はついてはいたものの、それも半信半疑で、ワクワクしながら父の方を見遣った。
父は、「流すぞ〜」と蛇口をひねって水を流し始め、そこへ母が茹で上がった素麺を投入し始めた。
わーいわーい、素麺が流れてくるぞ!とばかりに、私は流れて来る素麺を次から次へと、逃さず食べた。
お腹が一杯になった頃、母が「じゃあ交替!」と声をかけ、私が素麺の投入役に回る。
そうして、順番に交代しながら、家族の夕食を楽しく終えたのだった。
あんな風に、創意工夫で楽しく過ごしていた時代もあったのだなぁ、と懐かしく思い出す。
帰宅してから、一人用の流し素麺マシンをAmaz●n(自主規制)で買いそうになり、いかんいかんと踏み止まりましたとさ。
