異例の日曜日RUN。
昨日は、ふと思い立って確定申告の準備を始めてしまい、気が付いたらレッスンの開始時刻近くなっていた。
一度始めてしまうと、途中で止めるのが気持ち悪く(私の昔からの性質)、走るのを後回しにしたと言う次第。
若い頃、師匠に良く作文を書かされた。
当初は、「作文なんか書くより、もっと歌いたい」と不満に思っていた。
その不満がつのり、ある日とうとう師匠に問いただした。
「君が書いた文章を読めば、君が独り善がりの表現をしていないか良く分かるから」
師匠は、そう笑いながら仰った。
愚かだった私は、すぐにはその意味を理解出来なかった。
不思議なもので、文章と言うものは、書くにつれ人に読ませる事を意識する様になる。
ある日、師匠が「最初の頃の文章と比べてみてご覧」と仰ったので、比べてみたら明らかにそうなっていた。
「分かったかい?君がしなけりゃならないのは、人のための表現なんだよ」
全てが腑に落ちた。
確かに最初の頃の、自分の考えや気持ちを、あたかも坩堝の如く書き殴っていた頃に比べて、文章も無駄が省かれてスッキリと読める。
「君の表現も、変わって来ているよ」と、師匠はニコニコしながら仰った。
そうだったのか…。
そう言えば、人に読ませる文章を意識してから、彼方此方で「良い歌を歌うね」と言われる様になっていた。
以前は「そう頭でっかちになりなさんな」と笑われる事が多かったのに。
「良いかな、表現芸術は観たり聴いたりしてくれる人がいなかったら、成立しにくいものになってしまう。
お客様のための表現である事を、常に頭に置いておきなさい。
技を身に付けるのも、お客様のためである事、それが結果として自分のためになると言う事だ」
師匠が亡くなって10年。
最近、良く似て来たと人に言われるし、自分でも思う事がある。
昨日は、ふと思い立って確定申告の準備を始めてしまい、気が付いたらレッスンの開始時刻近くなっていた。
一度始めてしまうと、途中で止めるのが気持ち悪く(私の昔からの性質)、走るのを後回しにしたと言う次第。
若い頃、師匠に良く作文を書かされた。
当初は、「作文なんか書くより、もっと歌いたい」と不満に思っていた。
その不満がつのり、ある日とうとう師匠に問いただした。
「君が書いた文章を読めば、君が独り善がりの表現をしていないか良く分かるから」
師匠は、そう笑いながら仰った。
愚かだった私は、すぐにはその意味を理解出来なかった。
不思議なもので、文章と言うものは、書くにつれ人に読ませる事を意識する様になる。
ある日、師匠が「最初の頃の文章と比べてみてご覧」と仰ったので、比べてみたら明らかにそうなっていた。
「分かったかい?君がしなけりゃならないのは、人のための表現なんだよ」
全てが腑に落ちた。
確かに最初の頃の、自分の考えや気持ちを、あたかも坩堝の如く書き殴っていた頃に比べて、文章も無駄が省かれてスッキリと読める。
「君の表現も、変わって来ているよ」と、師匠はニコニコしながら仰った。
そうだったのか…。
そう言えば、人に読ませる文章を意識してから、彼方此方で「良い歌を歌うね」と言われる様になっていた。
以前は「そう頭でっかちになりなさんな」と笑われる事が多かったのに。
「良いかな、表現芸術は観たり聴いたりしてくれる人がいなかったら、成立しにくいものになってしまう。
お客様のための表現である事を、常に頭に置いておきなさい。
技を身に付けるのも、お客様のためである事、それが結果として自分のためになると言う事だ」
師匠が亡くなって10年。
最近、良く似て来たと人に言われるし、自分でも思う事がある。
