恒例の火曜日RUN。
春らしい青空が広がって入るけれども、その足元には未知のウィルスが広がり、人々の心は疲弊しつつある。
私は、自分の心に栄養を切らさない様に、なるべく自然の彩りを楽しもうと思う。
先日訪れた小田原フラワーガーデンで、写真の様な光景に出会った。
どっしりと被さったマンホールの蓋のほんの小さな取手の穴から、植物が顔を出し、一つのコロニーを形成している。
本当に微笑ましく思わず顔が綻んでしまうと共に、植物の「生きよう」とする意欲の強さに心打たれた。
思えば、私も同じ様な状況だったかもしれない。
八方塞がりな状況の中、ほんの小さな「復活するぞ」と言う意思が芽生え、その意思が行動するエネルギーへと変わって行った。
時間はかかったけれども、何とかクラシックの発声まで取り戻した。
今私が、レッスンで教えているのは、その復活の過程で自らを検体として実験を繰り替えし、エヴィデンスを得て来たものばかりだ。
身体の機能回復のみならず、麻痺によって失った筋力を取り戻し、更にそれをパフォーマンス用に発展させなければならなかった。
徒労に賭けるに近かったし、何度も心折れそうになりながらも、ただ「もう一度」と言う言葉を繰り返しながら、ひたすら続けた。
ある程度身体機能が回復すると、打撲のショックからか閉じなくなっていた声帯の機能(原因は不明)を、ベンチプレスによって取り戻した。
これは、図書館でたまたま読んだ文献に、「声帯は本来、全身に力が入った時に息を止めるために作られた器官」とあったので、それを応用しようと思い立ったものだ。
ウェイトを持ち上げる時に、二秒間ほど息を止める様にしたところ、期間は要したけれども、再び声帯を閉じる事に成功した。
現在、開口した時に麻痺の後遺症による歪みが若干残ってはいるものの、歌唱には差し支えないところまで回復している。
ここまで来れたのも、最初の頃にお世話になった理学療法士の方々、そして私を筋力トレーニングに導いてくださった医師の皆さんのお陰である。
事故のPTSDによる抑うつ症状に対抗する目的で始めた事ではあったけれども、それがきっかけとなり新たに歩み出せた訳であるから。
声楽を学んでおられる方々に贈りたい。
「今、出来ない事があるなら、身体から変えよう!」
春らしい青空が広がって入るけれども、その足元には未知のウィルスが広がり、人々の心は疲弊しつつある。
私は、自分の心に栄養を切らさない様に、なるべく自然の彩りを楽しもうと思う。
先日訪れた小田原フラワーガーデンで、写真の様な光景に出会った。
どっしりと被さったマンホールの蓋のほんの小さな取手の穴から、植物が顔を出し、一つのコロニーを形成している。
本当に微笑ましく思わず顔が綻んでしまうと共に、植物の「生きよう」とする意欲の強さに心打たれた。
思えば、私も同じ様な状況だったかもしれない。
八方塞がりな状況の中、ほんの小さな「復活するぞ」と言う意思が芽生え、その意思が行動するエネルギーへと変わって行った。
時間はかかったけれども、何とかクラシックの発声まで取り戻した。
今私が、レッスンで教えているのは、その復活の過程で自らを検体として実験を繰り替えし、エヴィデンスを得て来たものばかりだ。
身体の機能回復のみならず、麻痺によって失った筋力を取り戻し、更にそれをパフォーマンス用に発展させなければならなかった。
徒労に賭けるに近かったし、何度も心折れそうになりながらも、ただ「もう一度」と言う言葉を繰り返しながら、ひたすら続けた。
ある程度身体機能が回復すると、打撲のショックからか閉じなくなっていた声帯の機能(原因は不明)を、ベンチプレスによって取り戻した。
これは、図書館でたまたま読んだ文献に、「声帯は本来、全身に力が入った時に息を止めるために作られた器官」とあったので、それを応用しようと思い立ったものだ。
ウェイトを持ち上げる時に、二秒間ほど息を止める様にしたところ、期間は要したけれども、再び声帯を閉じる事に成功した。
現在、開口した時に麻痺の後遺症による歪みが若干残ってはいるものの、歌唱には差し支えないところまで回復している。
ここまで来れたのも、最初の頃にお世話になった理学療法士の方々、そして私を筋力トレーニングに導いてくださった医師の皆さんのお陰である。
事故のPTSDによる抑うつ症状に対抗する目的で始めた事ではあったけれども、それがきっかけとなり新たに歩み出せた訳であるから。
声楽を学んでおられる方々に贈りたい。
「今、出来ない事があるなら、身体から変えよう!」
