恒例の火曜日RUN。
だいぶ過ごし易くなって来た様に思えるけれども、皆様は如何だろうか。
さすがの迷走気候も収まるべきところに収まるものなのだろう。
先日、とある出来事があり「専門教育」と言うものを、深く考える機会を頂いた。
大抵の方は、音楽に於ける演奏や指導の専門教育と言うと、音楽大学の授業を連想なさる様である。
広辞苑等でも、あくまで教育制度に於いてだけれども、大学教育を指すと記載されている。
私は、それとは少々違った考えを持っており、音楽大学の授業は専門教育の入り口に過ぎないと感じている。
音楽大学生の頃、あまりに多い制約に驚き、辟易し、これでは埋もれて行ってしまうと悲嘆に暮れた事もあった。
私の考える専門教育とは、あまりにかけ離れていたものだった。
声楽の個人レッスンならば大学の縛りを脱して、自分で選んだ先生のもとで、より本格化してからが本当と思う。
そして、指導者になるならば、例えば目標とする指導者のもとで、助手として研鑽を重ねながら実習をする。
それらを考えるに至ったのは、何度となく学びに訪れたヨーロッパやアメリカでの経験であった。
私には大事故に遭った過去があり、そこから再起するまで独学であった時期がある。
そして何とか再起出来た時、アメリカの師匠に「何とか再起出来たけれども、独学の期間を作ってしまった…。教えて頂いた事が、歪んでしまったかもしれない。誠に申し訳ない」と便りを送った。
暫くして、師匠から返事を頂き、それを読んで私は一挙に報われた様な気持ちになり、大粒の涙をこぼした。
「再起出来てよかった。
私は信じていたよ、お前の声は神の贈り物、それをお見捨てになるはずがない。
独学?全く問題ない、極めればそれも教育だよ。
そして、その経験を活かして、困っている若い人たちを助けなさい。
それが神が与えたもうた道だよ。」
私は、それを読んで、自分の経験を、若い人たちに技術として伝える決心をした。
今必要なのは、言葉の定義ではない。
確固たる信念と技術とに裏付けられた、若い人たちへの継承なのだ。
2020.10.4 還暦記念リサイタル
観覧ご希望の方は下記よりお申し込み頂けます。
bit.ly/2EHsqNF
引き続き後日有料配信のお申し込みも受け付けております。
bit.ly/3h0UGZs
だいぶ過ごし易くなって来た様に思えるけれども、皆様は如何だろうか。
さすがの迷走気候も収まるべきところに収まるものなのだろう。
先日、とある出来事があり「専門教育」と言うものを、深く考える機会を頂いた。
大抵の方は、音楽に於ける演奏や指導の専門教育と言うと、音楽大学の授業を連想なさる様である。
広辞苑等でも、あくまで教育制度に於いてだけれども、大学教育を指すと記載されている。
私は、それとは少々違った考えを持っており、音楽大学の授業は専門教育の入り口に過ぎないと感じている。
音楽大学生の頃、あまりに多い制約に驚き、辟易し、これでは埋もれて行ってしまうと悲嘆に暮れた事もあった。
私の考える専門教育とは、あまりにかけ離れていたものだった。
声楽の個人レッスンならば大学の縛りを脱して、自分で選んだ先生のもとで、より本格化してからが本当と思う。
そして、指導者になるならば、例えば目標とする指導者のもとで、助手として研鑽を重ねながら実習をする。
それらを考えるに至ったのは、何度となく学びに訪れたヨーロッパやアメリカでの経験であった。
私には大事故に遭った過去があり、そこから再起するまで独学であった時期がある。
そして何とか再起出来た時、アメリカの師匠に「何とか再起出来たけれども、独学の期間を作ってしまった…。教えて頂いた事が、歪んでしまったかもしれない。誠に申し訳ない」と便りを送った。
暫くして、師匠から返事を頂き、それを読んで私は一挙に報われた様な気持ちになり、大粒の涙をこぼした。
「再起出来てよかった。
私は信じていたよ、お前の声は神の贈り物、それをお見捨てになるはずがない。
独学?全く問題ない、極めればそれも教育だよ。
そして、その経験を活かして、困っている若い人たちを助けなさい。
それが神が与えたもうた道だよ。」
私は、それを読んで、自分の経験を、若い人たちに技術として伝える決心をした。
今必要なのは、言葉の定義ではない。
確固たる信念と技術とに裏付けられた、若い人たちへの継承なのだ。
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